朧月夜と春の海

本の記録 学習ノート おもしろかった事 その他   

『日月神示のサバイバルガイド&ナビゲーション』 ③

「だから、心の持ちようといわれるんですが、ただそれだけではなくて、自分の人生にどういう意味を見出すのかという戦いはやっぱりあると思います、一人一人に。ー

 だから意外に、例えば学校でいじめに遭っている子とか、リストラですごい厳しい思いをして何とか仕事にありついたような中年のサラリーマンとか、厳しい思いをした人って、何度も人生の意味を問い直す訓練をしているわけですね。むしろそういう人たちのほうが、強いはずなんですよ。成功してずっと来た人というのは、意味を発見するすべを知らない。そう思うんですね。

 ここですごく重要なのは、これからおそらく大きな災難とかが来るでしょうけど、それはわれわれ一人一人が自分の人生にどういう意味を見出すかというトレーニングの場所でもある。それは確実にこうなんだという安易な意味はないですね。考えて、自分自身にとっての意味を発見せねばならないということだと思いますね。 

 ー客観視するというか、自分の人生を。

ーお互い、そういう自分自身の人生でどういうふうにして意味を見出すか、ディスカッションする、語り合える、お互いに情報を交換し合える、そういう場所をつくる。

 ー個人対宇宙というか、神というか、自然というか、何でもいいんですけども、そういう時代になってきましたね。宗教はもう教えてくれなくなった。宗教の時代は終わって、自分で悟りと言ったら大げさだけど、-回答は自分で見つけていく。

ー宗教も「あんたにおまかせ精神」そのものですからね。

ーその過程で、とてつもない本来の日本の伝統といいますか、これが息を吹き返してくるという可能性は十分ありますね。」

 

「福島県の放射能汚染 小学校校庭使用基準  年間20ミリシーベルトです。これを一時間当たりの被ばく量にすると2.38マイクロシーベルトなんです。何でこれにしたのか。これは異常に高い。

放射線安全学の東京大学大学院教授が、放射線のアドバイザーの内閣官房参与をやめたんですね。「これは放射線労働者、放射線技術者に許されているレベルであって、子供に許すとはどういうことか。私のヒューマニズムが許さない。なおかつ、それもちゃんとした審議を通して決定されたんじゃなくて、官僚たちがメールでやり取りをして、じゃ、これでいいかと決定している。何ということだ」と言ってやめたんですよ。とんでもないんですけど、年間の被曝制限を20ミリシーベルトにした根拠が分かってきて、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーをやっている長崎大学教授の山下俊一さんという人がネットで白状した。

「これは、私としては生活崩壊のリスクをとるのか健康被害のリスクをとるのか、どちらかの選択だった」という言い方をするんです。ー例えば年間10ミリシーベルトまでと言ったら、福島県の半分くらいから人間を避難させなきゃだめらしいんです。ほとんどの小学校が入ってしまう。-そうすると家全体が別の県に移住ー。福島県の平均的な線量を取って1時間当たり2.38マイクロシーベルトと決めたらしい。これだと避難しなくていいからです。

相変わらず、本末転倒なことをやっていますね。それを見るとメールで決めているわけですね。まったくたまらないですね。ー

何でさっさと避難なら避難させないんですかね。アメリカだとFEMA(連邦緊急事態管理局)とかあって、そういう準備もちゃんとできてるし、施設もつくっている。命にかかわるようなことだったら、そんなこと言ってられないじゃないですか。-

本当にそうですよ。官僚たちがいうには、まず生活崩壊させるわけにはいかないみたいな言い方をするんですが、子供たちが将来的にがんになる、白血病になるでしょう。それはやっぱり逃がすほかなくて、おっしゃる通りFEMAみたいな組織が中心になってやればいいんですね。

 しかしながら、必ず責任問題になる。だれかが決定を下して全員を避難させるといった場合に、やはりその決定を下した責任者の問題になるわけですよ。-なんとか最大限回避したいわけです。回避するための戦略です。 たとえば経済産業省がそういうプランを考えて、経済産業省の一つの部署全部が責任を取ることになると、下手したら部署がつぶされますから。省益を考えてみたときに、自分たちが責任をいかに回避できるかということが官僚の行動形式の1番目に来ると思うんです。ー第2に「省益をいかに拡大するか」という2点で動くので、合理性ではないです。

 県民や国民の命よりも、省益が大切だ。

 これをわれわれは知らなきゃいけないね。

 怒らなきゃいけないですよ。

 官僚はまたわれわれから顔が全然見えないから。

だれも責任をとらなくてもいい構造になっているんですね。

国民がバタバタ死んでも、省益の拡大ができればいいんですよ。

「因果関係がはっきりしない」とか何年も言っているうちに、うやむやにしようとする。そのやり方をなぜか国民がわからない。

 よく言われているのは、「官僚期間は国民のため云々というんじゃなくて、企業と考えろ」と。

利益を守るための機関。

企業だって、いい企業がたくさんありますけど、ろくでもないのもありますでしょう。公害を垂れ流すような企業もあるわけだし、いかに利益を最大化するかということだけで動く企業もたくさんあるわけです。-

 

したがって、「この基準に違反したら、おまえらをクビにするぞ」と言ってくれるような強力な監視機関を国民の怒りが必要なんです。

 この間やめた内閣官房参与は東大系の人で、原子力推進派なんですよ。京都大学なり小出助教とはまったく相対立する立場にいう人でも、「この20ミリシーベルトは私のヒューマニズムが許さない」というわけです。「メールでやり取りしているぞ、皆さん」を告白してやめたんだけど、国民はボーっとしている。われわれが怒らない限り、一切何も変化はないと思いますね。」