朧月夜と春の海

本の記録 学習ノート おもしろかった事 その他   

2017/9/9~9/15

9/9      久しぶり古典的案山子帰り道

9/10 本開きさばくおおきな秋の魚

9/11 行きがけに靴取り替える秋気かな

9/12 秋曇りパンク他も直す帰路

9/13 信号で待つ影の位置下がるかな

9/14 ないよりは防犯グッズ秋遍路

9/15 白玉を探して入れる芋煮かな

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2017/9/2~9/8

9/2 玉すだれぽこんと生まれる素秋かな

9/3 たたきから飛蝗弧描く目の高さ

9/4 ジャム用ともらう無花果から食べる

9/5 一面の空き地えのこ草光る

9/6 満月や雲の小窓見え隠れ

9/7 四十年かけて廃炉しる白露

9/8 プチ断食止めて頬張る秋刀魚かな

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2017/8/26~9/1

8/26 夢うつつ雷鳴続く休み朝

8/27 秋の朝起きてまず探す昔の本

8/28 止まない虫の音万歩計見る

8/29 ミサイルとJアラート知る秋の朝

8/30 秋の色くだもの先にやってくる

8/31 涼新たバイクの人のはおりもの

9/1  防災日忘れぬようにと揺れ少し

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2017/8/19〜8/25

8/19 暑気中突然食べたい即席麵

8/20 足止める隙間最後の揚花火

8/21 音も無く続く稲妻山の際

8/22 映像の皆既日食月見月

8/23 名ばかりの処暑に昨日の星占い

8/24 東西気温分断秋暑し

8/25 気怠げに浮輪しぼませ行く親子

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2017/8/12~8/18

8/12 晴天にろうそく手かざす墓参り

8/13 墓詣足のばす神社願い事同じようで変わりゆくかな

8/14 晩涼に一息ついて伸びをする

8/15 少しだけグラスに分ける缶ビール

8/16 秋暑し鈴なり緑椿の実

8/17 白粉花犬との散歩思い出す

8/18 甘藷繊維多すぎ笑み浮ぶ

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2017/8/5~8/11

8/5   動かない空気かき分け青田道

8/6   黙禱の声に向き変える原爆忌

8/7   台風の過ぎた後青い月明かり

8/8   寝る前の葡萄つまみ食いお茶を飲む

8/9   フリカケに梅干し選ぶお弁当

8/10 朝の道少し急げば玉の汗

8/11 知り合いに合った顔するアキツかな

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2016/6/11 6/12の記事記入後の追記④

 なんだかよくわからないけれど、あれはすごかったなあということについて。

  不思議なよくわからないことがあって、でももうその頃のことは記憶があんまりない。漠然としたままであるけどわすれてしまう前に書いてみる。

  昔は、修験者がほら貝を吹いて干ばつに雨を降らせたとか海には魔物がいるとかは、あったとしても昔話で不思議なファンタジーや自分には関わりのないどこか遠くの世界の事のように思っていたけれど、今はそうではなくてあると思っていること。

書けば書くほど信憑性がなくなりそうな話。

 

2001位まではテュマレスト・サーガのシリーズ『夢見る惑星フォルゴーン』 にあったテレパスのデライが恐怖に晒され受けてきた強力な支配欲や圧力。利用するための何かを受信して逃れようとしていた感じ。

2008年はなんだか警報がずっと響いているような凄まじい不安みたいなもの。

私がミレニアム版幻魔対戦と呼んでいるような現象。修験僧の人の漫画を読んでいたとき(『霊験修法曼荼羅②』)に妖怪大戦争という言葉がちょこっと出てきて内容は語られてなかったけど同じような体験をしたのかと思ったこと。このマンガは2011年5月号からスタートしているのでそれ以前の出来事だと思います。

出雲大社の神官の人の2013年の遷宮の時の大変だったという話は、見えないけどある本当のことだと思ったこと。

指輪物語の映画(『ロード・オブ・ザ・リング』2001年『二つの塔』2002年『王の帰還』2003年)の妖精の女王が自分のエネルギーを使い果たすまで戦ったことや、ハリーポッターの世界で起こっていたような事、『インモータルズ 神々の戦い』2011年、その他ファンタジーの形で表現されてきたことは異なる重なった次元で実際に起こっていたことと思うこと。

 これは書こうかどうしようか随分考えたのだけど、2017年は、霊界通信で届を出したこと。妄想と言えばそうだけど、想像と言えばそうだけど。私の持つ結婚するというイメージが、ノーマン・ロックウェルのマリッジライセンスだからか、そういうことで。場面は日本の良くある役所のロビーだったけれど。そういうことは、どちらでもいいことだけど、自覚がないままよりあるのがいいでしょうと言うような感じで、それでも迷って考えようとうろうろするんだけれど、なんだか余裕だなという感じで待ってて、結局半日ぐらいで決断して記入したのでした。一方的な私だけの思い込みでもないのではないかと思われます。イメージとしても、密教の秘術を使う時それが重要な役割をはたしているようですし、ヨガの本(『秘伝アルマツボ刺激ヨーガ』)を読んでいたら、「強力なイメージは現実と同等の実在だと考えていました。いや、それ以上に精妙なレベルでの実在と考えていたふしさえあります。」と書かれていて、私にとってはそういう実感のあるうれしいなあと思った出来事でした。2017年2月の終わりぐらいかな。その頃は異なる世界の境目が薄くなっていた時期なのではないかと思います。書いたことで誰かに迷惑がかからないといいのですけど。そういうことをして、大丈夫なのかと言えば、私のつけたあだ名の一つがパードレなので霊的にむしろ安全なのではと思います。呪術的な攻撃があったときや、何か見えない世界的に誰かに何かに道具みたいに使われそうになったときに既に契約している存在があるのは守護になるのではないかと思いました。あの世に行ったとき、私が地獄に落ちてたら、天使学校上級生になりすぎて、ごめん、そんな低いところ降りていけない、と言われそうだけど。まず最初にかけよるのは、海辺の青春カップル達かもしれないけれど。

 その頃、『ムー』の過去の雑誌を読み返していて。2011年4月号だったのですが、「スナミちゃんの超能力研究室/第4回」で、子供の頃天井裏で遭遇した不可思議な爺さんの話がありました。叱られて押入れに閉じ込められて天井裏に隠れた時出会ったそうです。『……ボロ布を着た白髪の老人が笑顔で座っていた。しかも、背丈が80センチ足らず。「坊や、また叱られちまったか」 人間離れした風体。こんな爺さんがいるはずもない。ありえぬこと、と頭で思うのだが、妙にスンナリと違和感もなく、一瞬でその存在を受け止めてしまった。「世の中、エエコトばっかあらせん(いいことばかりではない)しゃあないがや。ヒドイ目にあわんと、人間は成長せんがや」 純粋な名古屋弁が、フーッとこころにしみこむ。--「わし、棲んどりゃせんがや(棲んではいない)。オミャー(お前)が泣いとるで(泣いているから)慰めにきたった(きてやった)だけ。わざわざ親切心でよォ」 それからいったい何を話あったのか、懸命に記憶を探るが、皆目覚えてない。気がついたら、押入れの布団に埋もれて、僕は泣き寝入りしていた。』そうだとしてもなんだかかなしいこともあるな。

 

 それらから推測するに、何が狙いだったのかよくわからないけれど、霊能力とかまじないの才能というようなものを利用するためだったのだろうか。もしそうだとして、だったら、私はかつて1度使い果たして、2006年ぐらいだろうか。よく覚えていない。このまま消えるのかなと風前の灯火みたいになったことがあるし、2011年ぐらいも消費してライフゼロぐらいだったのを他の人に分けてもらったのだろうとおもわれ、かろうじてのようになって、2015年ぐらいにようやく何とか人心地つくくらいに回復してきた感じかもしれない。私はそのようなことにたいしてちゃんとした教育を受けたことはないし、自分に関わりのあることと思ったことはないし、修行を積んできたわけでもない。どちらにしろデライにたいして、行われてきたような行為をかけてきたような存在が私にとってよい存在な訳がなく、利用される気はないし、どちらにしろ何をするにしても必要十分なだけのエネルギーは戻ってないだろう。 

2017/7/29~8/4

7/29 つっかけの足元小石螇蚸飛ぶ

7/30 公園の緑切り取る夏の果

7/31 熱帯夜猫の姿も見当たらず

8/1   8月の飲み物追加する氷

8/2   空見上げ同じ坂道秋隣

8/3   蜩や座って響く台所

8/4   朝顔の網を離れて続く花

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2016/6/11 6/12の記事記入後の追記③

  呼んだ?と感じて知っていく過程での第一印象はおかしなひとだなあって。どうみてもすごーくモテてるひとなんじゃないかと思うのに、いくらでも素敵な人との出会いはあっただろうにおかしな人だなあって。実際に後から知れば知るほどそんな感じで。

何て言うか、おそろしく責任感が強いんじゃなかろうかと。決めたことは実行しようと意思がつよいのか。

 

  三番目ぐらいに購入したものの、なかなか聴くことが出来なかったCDをようやく聴いたとき、鈴の音も一緒に鳴ってるみたいに感じた曲がありました。他にもそう感じた曲は別のアルバムの中にも何曲かあって、聞くたびに印象も変わるのだけど、最初の頃に聴いたときでした。ないものねだりかな。

シャンシャンっていう神社の巫女さんが振るような鈴の音で、それを聴いたとき、霊感のある人の漫画(『霊感体質かなみの結構不思議な日常5』)の、桜のご神木を切ってしまって、そのあと大変なことになり、それを癒すために木花咲耶姫が現れて鈴を鳴らしながら助けてくれた話を思い出しました。それから、神事に興味があってまだ読めてない本(『皇室の祭祀と生きて 内掌典57年の日々』)をパラパラとみていたら、やはり鈴の音について書かれていて。「御鈴  百十二代霊元天皇御製 朝な朝な神の御前にひく鈴のおのずから澄むこころをぞ思う」 御鈴の御音は御神音でございます、と書かれた箇所がありました。(『神道と祭りの伝統』茂木貞純 著という本が紹介されていて、それもいつか読んでみたいです。)なんだかそういう神様とか目に見えないけど何らかの尊い存在にたいして捧げられた曲、そう意識しなくてもそうなった曲なのかなと思いました。

 

 私が鈴を振っていたイメージではないです。聴く側の立場にはなっても、演奏する側になることはないだろうと思って生きてきたので。自分が振っているところを試しに想像してみたら、謎のフォローが入って全然違う曲になって終わったのと、『偉大なる、しゅららぼん』でグレート清子におにぎりを出された男の子たちみたいなようすだったので、それはそれで面白かったです。 

2017/7/22~7/28

7/22 行水のおもちゃ置かれた風呂場かな

7/23 冷え性の改善している大暑かな

7/24 あわただし花瓶の水替え極暑かな

7/25 時計見る夜更け点け直す扇風機

7/26 早朝の雷鳴うそのような朝

7/27 夜になりなぜか始まる蝉時雨

7/28 夏深し動かない犬土の上

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2017/7/15~7/21

7/15 落語会帰り夜市の氷菓

7/16 薄紙と見まがう白い花藻かな

7/17 急に伸び思い違いのピンク薔薇

7/18 夕立やぬれそぼつ後に西日射す

7/19 梅雨明けに代わりに炒めるゴーヤかな

7/20 翌日にお見舞いに行く夏旺ん

7/21 無機質な壁にぽつりと蝉の殻

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2016/6/11 6/12の記事記入後の追記②

 思っていることを伝えられたらいいな、感想という形ででも。大勢に言うのではなく、その人に伝えられたらいいな。そう思って、これだけは伝えられたらいいなと思ったことを、ずっと考えていて、割合うまくまとまったんじゃないかと思って、何度かコンサートに行くたびにそう決意して行ったのだけと、結局そのような機会はなく、そのうち今では何を伝えたかったのか、だんだん擦り切れて今では忘れてしまいました。書こうと思ったことはひどい事ばかりじゃなくて、感謝の事もあったと思うけれど…。

 その頃はまだ、某所で見かけたような「もう終わったことよお。」とのんびりした口調でいうような余裕はなくて、とても複雑で辛い気持ちだったと思います。それでも、魔女のダイモンのように相手が究極の危機状態に陥ったような時はやはり不思議な力が発動したように思うのだろうか。

 それでも、いつのまにか、というか、切り替わった時期というのは案外はっきりしていて。私の中の「土曜日のタマネギ」の部分もいい加減干からびて、取れかけのかさぶたみたいになっていたのか。関わりのある別の事で、私の中のそう上等でも寛大でもない部分がカチンと来てプチンとしたのか、あるいはまともな部分が目覚めたのか。思わずダークサイドへ堕ちそうになったときに、むきになってどうにかなりそうなとき、もうあんまりひどいことをしないでというようなタイミングで表れた存在があり(まあ私にとっては)、はい、こっちと呼んでくれたのでした。それから、死んで悔しさと屈辱で地獄に落ちてたら迎えに来てね、と思っていたら、ホントに来てくれそうな人たちがいるようだから。一つではなくてそういうあれやこれが同時に起こったような切り替わる時期だったのかもしれません。2016年の年末から2017年3月初め頃がその時期でした。

2016/6/11 6/12の記事記入後の追記①

 6/11の夜、宿に戻ってから、普段使っているのより強力な日焼け止めをこの日は使っていたので、持って行っていた石鹸では落ち切っていないような気がして、寝る前にもう一度部屋に備え付けの化粧落しを使い洗ったら、合わなかったらしく、その後顔がヒリヒリして、我慢できないほどになり、私の顔は重油や化学物質にまみれた戦車じゃないんだぞと思いながら、何度も何度も石鹸で洗い直し、布団の中でこのまま大変なことになってしまったらどうしようという恐怖の時間を過ごしました。

 以前、テレビで飛行機のファーストクラスの待合室では、そのメーカーのオリジナル商品を使いたいためにわざわざ利用する人もいると紹介されていたメーカーの商品なのに、化粧品メーカーでは化粧品公害は忘れられているのだろうか。ずっと前に、私は簡単なコインを使った易占いを習った時、その頃、ひどく疲れていて無心で振ったら昇龍が出たんだという事を思い出したりしていました。幸い、一時間ぐらいで治まったようで一安心したのですが、運命から、あなたの子供の頃からの望みだったことは?と問われ試されたようで、私は化粧品公害というものに対してブラックジャック並みの暗い情熱をずっと持ち続けていたんだなと思いました。

 マリー・アントワネット展のアートブックを読んでいたら、「それに人間の世界ってね、スケープゴートが必要なんです。」という一文があった。でも、私はそうは思わない。

 ひどい目に遭うから目立たないようにしようという過去世のトラウマでもあるのではないかと思うところがある。だから、私はテレビで放送される結婚式がしたいというような感覚は理解できない。本人たちが互いに合意の上で、納得していい思い出になると思うちゃんとした中身のある関係がありその上でのテレビでの式なら、そういうことがあってもいいと思う。でも私は上のような理由もありそのような選択はしないと思いながら見ていた。印象に残ったテレビでの結婚式を見たときに、そういう世界にいたら本当に好きな人と結婚できなくなるし自分の意志とはかかわりなく進行し誰かに利用されるのは嫌だなあと思ったからかもしれない。お葬式をした人の結婚式は行われることはないけれど。

 でも、もしもそういうことになったら、私は前に雑誌で見た、ロセッティの絵のモデルになった、ジェインが述懐したように、後年に夫の事を「一度として愛したことはなかった。」と思う人になるだろうと読んでいた。当時の女性は個人の財産権さえ持てず労働者階級出身で、生活の安定のための結婚で、離婚というのも難しい現実があったらしい。なぜだかそういうことを誰かに知っていてほしいと思ったのです。

 それに、大多数の人はそのような式をせずとも幸せな結婚をする人はしていると思いました。

三瀧寺 プラネタリウム  2016/6/12

 翌日です。朝は曇り空で雨の予報です。

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 袋町小学校平和資料館の前を通ります。開館の時間にはまだ早いようでした。

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 この日は三瀧寺に行きます。この頃、登れそうな山に登る機会があれば登りたいのです。

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 JR可部線に乗り三滝駅から登りに行きます。多宝塔です。

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 お遍路をしているので、空海とゆかりのあるお寺というのもあります。

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 三つの滝があり、平和記念式典の献水の一つになっているそうです。駒ヶ滝です。

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 市内は古い建物がないですが、このお寺は空爆から逃れ当時のままの建物なのだそうです。雨がぽつぽつ降ってきました。携帯していた雨具を着ます。

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 春は桜並木が美しいらしい道を登っていきます。

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 天気がよけれは三滝山の山登りをしようと思ったのですが、予定を変更します。

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 四大大師像です。後ろに滝があります。

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 鐘楼です。

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 広電の電車の敷石が敷かれているそうです。

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 平和宝塔です。

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 石碑があります。

第二次世界大戦中にポーランドアウシュヴィッツで、ナチズムの反ユダヤ政策の犠牲となった人々の霊がここに眠っています。この非人道的な惨劇は広島の体験と共に、決っしてくりかえされてはなりません。

 

 私たち一人一人の心の奥にひそんでいる貪欲、怒り、無知を深く反省し人間の真の心を培いひらきましょう。』

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 梵音の滝です。

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 幽明の滝です。

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 本堂から進み鎮守堂と幽明の滝があります。

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 狛犬が独特です。

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 そばに天狗杉があります。

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 『天狗杉 (二代目)

 三鬼権現様の眷属である天狗達がこの木に停まる 初代は天狗松であった』

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 本堂です。中でお経を上げます。

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  本堂の向かいあたりの石仏です。

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 五月雨の三滝に響く鳥の声

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 三鬼権現堂から、本堂と天狗杉が見えています。

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 三鬼権現堂です。

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天狗のお面があります。

三鬼大権現
主神は時眉鬼神[じびきしん]大日如来の化身)追帳鬼神[ついちょうきしん](虚空菩薩の化身)・魔羅鬼神[まらきしん]不動明王の化身)・で、家内安全・商売繁盛の神様です。日本唯一の鬼の神様です。
伊藤博文公の信仰も篤く、本堂・三鬼堂の掲額も伊藤博文公の直筆です。家内安全・商売繁盛にご利益があるといわれています。(宮島観光協会 弥山)』三鬼大権現について検索していたら弥山の情報に掲載されていました。

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  展望台に登ります。

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 雨で霞んだ景色です。

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 先ほどの天狗杉です。

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  来た道を引き返します。

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 広島市内に戻ってしばらくして土砂降りになってきました。

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 午後からプラネタリウムに行こうと思っていましたが、豪雨なので傘を探します。

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  今日のラッキーカラーの傘を探しました。

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 広島市こども文化科学館へのプラネタリウムに行きます。

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 プログラムは『天の川 アイランドヒーリング』です。特に子供向けの番組というわけではなさそうですが、雨の休日で14:00からの回だったためか、階段までの長い列ができています。

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「 風の音、波の音、そして、降り注ぐような満天の星。太平洋に浮かぶ小さな島で、ゆったりと流れる優しい時間。そんな大人のためのヒーリングプラネタリウムです。東京23区内では、昭和46年の練馬区を最後に、天の川を肉眼で見ることはできなくなってしまいました。しかし、今回の舞台である東京都青ヶ島では、今も天の川が夜空を飾っています。青ヶ島は、八丈島よりもまだ遠い、本州から360kmも離れた、天の川に出会える場所なのです。 」星空を眺めます。

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 印象に残っているのは、あまりにも遠いので昔は島から離れる人に、再び会うことがないかもしれなかったから、青ヶ島では、別れの挨拶は「あなたのことを思います。」というのだそうです。

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  帰路の船に乗ります。

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  帰りの読書は、読みかけだった正岡子規の『歌よみに与ふる書』です。今だったらもしかしたら、炎上と呼んでもいいような状況になったとき真剣に出来る限り真面目に解答しているような感じかなあとも思いながら読む箇所もありました。 

2017/7/8~7/14

7/8    花つけるミントの小瓶暑気払い

7/9   冥王星満月と合にじむ夏

7/10 濃ゆくなるソバカスちらした鬼百合

7/11 丈くらべ二つ並んだ入道雲

7/12 冷蔵庫部屋に戻って再視聴

7/13 川沿いの草野かきわけ夕散歩

7/14 麨粉木の葉が匙と昔話

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