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朧月夜と春の海

本の記録 学習ノート おもしろかった事 その他   

福岡 2013/12/28 弐

  さて、時間が近づいてマリンメッセ福岡に向かいます。

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  開場時間が来ました。いつも来ている人なら、疑問にも思わなくなっているだろう、カメラチェックがあり、私の持っているカメラよりはるかに性能がいいのでないかと思われた、携帯チェックはないのだなと、思いつつ通って行きます。  

 私がTHE YELLOW MONKEYのCDを初めて買ったのは、まだLOVE LOVE SHOWが世間に流れていた頃で、何かをしながら、自然に口ずさむぐらいになじんでいる曲だったけれど、歌っている人の事はしらなくて、今はなき新しくできたCDショップに寄ったとき、何とはなしに選んで買っていたベストアルバムでした。たぶん棚に沢山並んでいたのだと思いますが、その頃の私にとっては、とてもアダルトに思えて、今でもなぜその時選んだのか不思議な気がします。

 2015年5月のゴールデンウィークにラジオを聞いていたら、「今日は一日 “アナログ時代のアメリカン・ポップス” 三昧 」の番組で、放送している人にとっては懐かしい、私にとっては耳にしたことのある曲や、知らない曲で、ゲストの言葉で、アナログ時代は、ひたすら音楽のみ聞いていて、その背景や人間模様もわからず、知りたかった曲も何年か後にわかることもあったというようなことを聞いたのですが、それは私のラジオで聞いて知った日本、海外問わず音楽とのかかわり方と同じだなあと思います。そしてそれは今でもあまり変わっていないように思いました。今では、ネットで、あの日のあの頃に流れていた曲名が知りたいと思えばネットで分かって便利になりました。でも、今では昔ほど夢中で聞いていないかもしれないので、わかるようになっても少し残念な気がします。

 そのアルバムでは、Fatherの曲が一番好きでした。繰り返し良く聞いていたのですが、それからはずっと買うことはなく、再びそのアルバムを良く聞き始めたのは、ネットが使えるようになって、世界旅中の日本人の若い男性のメルマガを読んでいた時だったと思いますが、その人がある日、日輪を見てその写真を載せていたので、しばらく前に私も一度見たことがあって、とても気になったので、メールを出したか、感想を送ったかして、その時にFatherの曲も思い出して、長らく仕舞い込まれていたそのアルバムを引っ張り出してずっと聞いているうちに2001/9/11の日がやってきて、そのおかげで、あまりショックを受けずに済んだように思います。

 それから、私にとってとてもつらく悲しいことがわかり、THE YELLOW MONKEYのそれまでのアルバムを全部そろえてずっと聞いてました。もしも、音楽の中に魔法が詰まっていたら、それ全部使ってバラバラになっていた何かが癒されたのだと思います。私にとって『セロ弾きのゴーシュ』であり、『グーグーだって猫である②』に出てきた、捨て猫を拾ってくれた、ホームレスの男の人みたいで、その後ちゃんと世話もしてもらって、病気も治っていくのだけれど、「タマ(子猫の名前)は実にひとなつこい  いかにも今まで愛されていたという感じ  その何よりの証拠は窓の外の道を歩く男性の声がすると  男性の声のあとを追いかけるのである  もしや前の飼い主のホームレス氏かもしれないと子猫心に思だろう  目が見えない皮膚病持ちの小さい小さい猫がさまよっているとき 手を差し伸べてくれた彼のことをこいしいと思わないはずはない」私は、その子猫みたいだったと思う。それからも随分とひどいことがあり、四面楚歌状態だった時も、ハリーポッターに出てきた子供時代のリリーに寄り添ってくれたスネイプみたいだったから、本当だったら受けていた衝撃や出来事から守られて、つらい思いをせずに済んだのだと思う。そんなわけで、私はその頃にはすっかり魅かれていて、それからいろいろ調べて、時間をかけてゆっくりとあきらめていったのだけれど、丁度その頃メディアで、恋愛事情について騒がれていて、でもそれがなかったら、いつまでも心が離れられなかったかもしれません。谷山浩子バージョンの『土曜日のたまねぎ』です。

 その頃、不思議な偶然や体験があり、その為か死ぬのはこわくなくなったように思います。もしも私が、悔しさと屈辱で恨みに凝り固まって死んでから地獄に落ちていたら、さっさと成仏してしまわないで、こっちだよと光の方向に導いてください。そして、もしも私が、誰からも顧みられることなく惚けて一人ぼっちでいたとしても、訳の分からなくなったまま、その頃を思い出して、陽だまりの中で幸せな気持ちでいることができると思います。見えるもの、この世だけがすべてではないとそれらのことはわかることができました。

  20th Special YOSHII KAZUYA SUPER LIVEのある日です。会場に入って席を探します。

 すでに大勢の人で会場は埋め尽くされていました。ちんまりと席に着きます。はじまる前から、前の席に座っていた恋人ときているらしい身軽そうな男の子がすごく楽しみにしているみたいで弾んでいました。こういう感じの男の子もファンなんだなあと意外でした。どういう感じの人が多いのかなあと思っていたので。そりゃいろんな人がいるのが当然ですが。

 演奏された曲は今まで聞いてきて知っている曲も多かったです。何かのエネルギーが見えるかなと、会場の空間を見上げてみました。でも、私には何も見えなかったけれど、何かあるのだろうなあと思いました。

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 会場を後にします。もしかしたら嫌な思いをするかもしれないと覚悟をしていたのですが、ここでそんなことにはあわずよかったです。帰る途中、人の流れの中で「これてよかった。」と話している声を沢山聴きました。

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 港です。

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 それでは おやすみなさい